ノーベル賞受賞を受賞した吉野彰氏とリチウムイオン電池とは?

2019年ノーベル化学賞に吉野彰(よしの あきら)氏が選ばれました。

受賞理由は「リチウムイオン電池の開発」

リチウムイオン二次電池は現在はスマホや電気自動車のバッテリーとして世界中で使われています。そのリチウムイオン二次電池の開発の功績が認められたれたんですね。

ノーんベル賞を受賞した吉野彰氏とリチウムイオン二次電池について調べたので紹介します。

リチウムイオン二次電池とは

リチウムイオン電池とはリチウム化合物を電極に使う電池のこと。

プラス極とマイナス極の間をリチウムイオンが移動して電気を運びます。

二次電池とは充電して再利用可能な電池のことです。

リチウムイオン電池は、小さな電池に大量の電気を溜めることができます。

携帯電話のバッテリーに使われたのが最初。
その後、携帯パソコン、スマホ、携帯用の家電に使われました。ドローンもリチウムイオン電池を使って動いています。

2009年以降は自動車のバッテリーとしても使われました。リチウムイオン電池は大量の電気を貯めることができるので、大きな電力のいる自動車用の電池に使われたのです。

その後、ハイブリッド自動車、電気自動車のバッテリーに使われました。
大容量を生かして住宅用の電池としても期待されています。

はやぶさ2などの人工衛星のバッテリーに使われることもあります。

2020年登場予定の東海道新幹線の新型車両もリチウムイオン電池を搭載することが決まっています。

今までは小型でたくさんの電気が溜められる。ということでリチウムイオン電池普及しました。

携帯電話、ノートパソコン、タブレット、スマホなどIT社会を支えているのがリチウムイオン電池です。

電動工具や充電式の家電、カメラなどリチウムイオン電池で動いている家電製品も多いです。

医療機器などのバッテリーとしても使われています。

今後は電気自動車、住宅など大型のリチウム電池がさまざまなところで使われるようになりそうです。

リチウムイオン電池にはこのようなマークが付いています。

リチウムイオン電池
リサイクル法で回収することが決められているんですね。

 

ちなみに
名前は似ていますがボタン型のリチウム電池(ボタン電池)とは違います。

リチウム電池の歴史

1970年代。
ウィッティンガム氏が、プラス極にニ硫化チタン、マイナス極に金属リチウムを使った電池を開発。リチウムは不安定なので実用化はできませんでした。

リチウムを使った最初の電池です。

1980年。
グッドイナフ氏と水島氏がプラス極にコバルト酸リチウムを使ったリチウムイオン電池の概念を論文発表しました。

1985年。旭化成の吉野氏らがプラス極にコバルト酸リチウム、マイナス極に炭素材料を使った現在のリチウムイオン電池の原型を開発しました。

その後様々な企業が実用化を目指し改良を行いました。

1991年。ソニーでは西美緒(にし よしお)氏らがリチウムイオン電池の商品化に成功。
ソニーはリチウムイオン電池を使った携帯電話を発売しました。

1993年。エイ・ティーバッテリー(旭化成と東芝の合弁会社)がリチウムイオン電池を商品化。

1994年。三洋電機がリチウムイオン電池を発売。

1995年。Windows95発売。ノートパソコンが普及しました。リチウム電池の需要も急速に増えました。

2009年。三菱自動車が電気自動車「i-MiEV」を発売。リチウムイオン電池が電気自動車のバッテリーとして使われました。

 

その後、リチウムイオン電池は様々な場所で使われています。

吉野 彰(よしの あきら)氏とはどんな人?

1948年。大阪府吹田市生まれ。

1970年。京都大学工学部卒。

1972年。京都大学工学部大学院修士課終了。
同じ年。旭化成に就職しました。
このころは化合物の新しい使いみちを探す研究をしていたそうです。

貼るとガラスが割れなくなるフィルムや燃えにくい断熱材の研究をしていました。しかし商品化まではできませんでした。

1981年。小型充電池の開発を始めます。
携帯用の家電に使うためのバッテリーが目標でした。
吉野氏は、グッドイナフ氏が開発していたコバルト酸リチウムを使った電池に注目。プラス極はコバルト酸リチウムで決まりでしたが。マイナス極をどうするのか世界の研究者が開発を行っていました。

吉野氏は白河英樹・筑波大教授(2000年ノーベル化学賞受賞)が開発した「ポリアセチレン」を電池のマイナス極に使えないか研究しました。ポリアセチレンは金属ではありませんが電気を通す有機物です。

1985年。旭化成が開発した炭素繊維(グラファイト)をマイナス極にすることで満足の行く性能の電池が生まれました。普通は電極の素材には使わないポリアセチレンを使うという柔軟な発想が、炭素を使った電池の発明に繋がりました。

しかし当時は現代のようなモバイル社会ではなく最初はなかなか売れませんでした。転機となったのはWindows95の発売だったといわれます。ノートパソコンが一気に普及したのです。

旭化成ではイオン二次電池事業部長、電池材料事業開発室長を務めました。

退職後、顧問になりました。

2017年から名誉フェローになってます。

名城大学教授も務めています。

2005年には大阪大学で工学博士号を取得。

2014年。アメリカのチャールズ・スターク・ドレイパー賞を受賞しました。工学のノーベル賞といわれる世界的に権威のある賞です。

2018年。日本国際賞を受賞しました。

フェローとは

フェロー(Fellow)とは大学や研究所の研究員で特別な功績のあった人に与えられる称号のことです。

吉野氏とともに受賞した人

吉野氏はジョン・グッドイナフ氏、スタンリー・ウィッティンガム氏とともに受賞しました。

ジョン・グッドイナフ氏

1922年。ドイツ生まれ。
1952年。アメリカ・シカゴ大学で博士号(物理学)を取得。
ウェスチングハウス・エレクトリック社
米マサチューセッツ工科大学研究員
英オックスフォード大学教授をつとめました。
1986年からアメリカ・テキサス大学オースティン校の教授をしています。

現在97歳。

ウィッティンガム氏が開発していた金属リチウム電池にヒントを得てリチウム電池の開発を行いました。1985年代にプラス極にコバルト酸リチウムを使用した繰り返し充電できる電池を開発。論文を発表しました。充電できるリチウムイオン電池の原型がこのとき誕生しました。

97歳は歴代ノーベル賞受賞者の中でも最高齢です。

スタンリー・ウィッティンガム氏

1941年。イギリス生まれ。
1968年。英オックスフォード大学で博士号(化学)を取得。
米スタンフォード大学博士研究員。
エクソン・リサーチ・アンド・エンジニアリング社で勤めた後。
2012年から米ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の卓越教授になりました。

現在77歳。

ウィッティンガム氏は1970年代に金属リチウムを使った電池を開発。リチウムを使った電池を最初に開発した人です。

吉野氏とともに受賞したジョン・グッドイナフ氏、スタンリー・ウィッティンガム氏は三人ともリチウム電池の開発を行った人です。三人は共同開発したのではなく、それぞれ時期も場所も違うところで開発を行っています。

現代の社会を支えている技術

今の私達の社会はスマホやタブレット、携帯電話、ノートパソコン、携帯機器など、リチウムイオン電池で動いている製品で溢れています。

電気自動車や電気をためられる住宅など。今後もリチウムイオン電池は社会の様々なところで使われるようです。

今回ノーベル賞を受賞したのは吉野彰氏、ジョン・グッドイナフ氏、スタンリー・ウィッティンガム氏。

でもリチウムイオン電池の開発・実用化にはソニーの西美緒氏など他にも様々な人が関わりました。

その中でもリチウムイオン電池の開発の歴史に残るような大きな功績をあげたのが吉野氏らノーベル賞受賞の3氏です。