2017年4月27日、東京地裁で衝撃的な判決がありました。
他人が使用している無線LANのパスワードを解読し、そのパスワードを使って他人の無線LANを使用した人が無罪になったのです。
なぜ、他人の無線LANのパスワードを盗んで勝手に使ってもいいなんて判決がでたんでしょうか?
報道の内容から、なぜそんな判決になってしまったのか考えてみました。
裁判になった事件の内容
(1) 2014年6月。松山市に住む被告が近所に住む人の無線LANを使用するための暗号鍵(パスワード)を解読しました。
(2) 被告は解読したパスワードを自分のパソコンに入力。
(3) 無線LANに接続。他人のパスワードなので他人の契約しているプロバイダに接続したことになります。
(4) 企業や個人にウイルスメールを送信。ネットバンキングのIDやパスワードを盗んでお金を引き出しました。
被告は(1)から(5)までのことをした結果。電波法違反、電子計算機使用詐欺罪、不正アクセス禁止法違反などの罪で検察に起訴されました。
今回無罪になったのは電波法違反の部分。電子計算機使用詐欺罪、不正アクセス禁止法違反については有罪になりました。何が有罪で何が無罪と判断されたのかもうすこし詳しく見てみましょう。
有罪になった部分
この裁判で有罪になったのは電子計算機使用詐欺罪、不正アクセス禁止法違反。
被告がおこなったことの(4)の部分。
・企業や個人にウイルスメールを送信した。
・ネットバンキングのIDやパスワードを盗んでお金を引き出した。
さすがにこれらの罪が無罪になることはありませんね。被告は自分がやったのではないと主張していましたが、裁判所は被告がやったと判断しました。
ところが無罪になった部分もあります。
無罪になった部分
被告がおこなったことの中で、(1)~(3)については電波法違反に問われました。しかしこの部分は無罪になりました。つまり。
他人の無線LANのパスワードを盗んで勝手に人の無線LANを使っても罪にはならない。
ということです。おかしいですよね。なぜこんな判決がでたんでしょうか?
今回、問題になったのは人のパスワードを盗んで他人の無線LANを使用することが電波法違反になるかどうか。
でも東京地方裁判所の島田一裁判長は
「暗号鍵が通信の内容を構成するとはいえず、他人の暗号鍵を使っただけでは、罪にならない」という判決を下しました。
電波法の内容
電波法では「無線通信の秘密」とはこのようなに決められています。
電波法
第百九条
無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を漏らし、又は窃用した者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。第百九条の二
暗号通信を傍受した者又は暗号通信を媒介する者であつて当該暗号通信を受信したものが、当該暗号通信の秘密を漏らし、又は窃用する目的で、その内容を復元したときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
わかりづらいですが。 通信の内容を知ったものが内容をバラしたり、窃用(他人のものを勝手に使うこと)するために復元した場合は罪になると書いてあるのです。
今回、問題になったのが無線LANの暗号鍵(パスワード)が、通信の内容になるかどうかです。
「無線通信の秘密」は、一般には知られたいない無線通信の内容や存在を指す。暗号鍵とは無線通信の内容とはいえず、ただ乗りは犯罪を構成しない。出典:読売新聞 2017年4月28日朝刊
つまり、暗号機(パスワード)そのものは通信の内容ではない。と判断しているわけです。通信の内容ではないから、勝手に使っても犯罪にはならない。というわけですね。
確かに届いた暗号鍵が正しいかどうかは、機械が判断します。文書や音声を送ったというのとは違い人間が見る情報ではないです。
でもパスワードの送信は通信の一部として電波に乗って無線ルーターに届きます。通信してることには違いないんです。
裁判所はうわべだけで判断してるようですね。
専門家の意見
読売新聞(2017年4月28日朝刊)によると立命館大学の上原哲太郎教授はこの結果についてこう答えています。
「暗号鍵自体は、封筒の外側だけを見ているようなもので、中身を読んだとはいえない。通信の秘密と解釈するには無理があった」
裁判所の判断が正しいと言ってるのですね。
パスワードは一般には公開されていないものです。使ってる本人しか知りません。封筒に書いてる住所とはわけが違いますよね。このコメントを見た限りではアドレスやID(ユーザー名)とパスワードを勘違しているんじゃないかと思います。
アドレスやユーザー名は人に知られることはあります。でもパスワードは秘密にされています。パスワード自体が秘密のうちに通信されている内容の一部なんです。
パスワードはプライバシーじゃない。個人情報じゃない。だからから盗んで使っても罪じゃない。と言いたいのでしょう。パスワード自体が秘密でもなんでもなく人に見られてもいいものだ。と言ってるようなものです。
でもそれではパスワードの意味がありません。
パスワードは個人情報の一部として扱うべき重要な情報のはずですよね。
パスワード自身も電波に乗って送られてる通信の一部です。
確かにパスワードは機械が受け取って処理する情報です。人間が見て理解できる文章ではありません。だからといって「通信の中身とはいえない」というのはおかしいですよね。
一方でこの教授は「新たな立法措置に向けた議論を早急に勧めるべき」とコメントしてます。犯罪を助長するようなことを言ってないのは評価できますが。「無線LANのパスワードを盗用してはいけない」と直接法律に書いてない国が悪い。と言ってるようなものです。
確かに日本はネットに関係する法律の整備は遅れてます。でも今回の件は現行法でも裁けると思うのです。
無断利用を裁判所が認めた
電波法に「暗号通信を傍受した者又は暗号通信を媒介する者 (中略) 窃用する目的でその内容を復元したときは」って書いてます。この法律でも処分できると思うのですが。認められませんでした。
人間の理解できる文字情報じゃないと通信内容と認めない。ってことでしょうか。
LANに侵入して情報を盗んだら罪だけど。LANに侵入して使うだけなら罪じゃないってことでしょうか。
それなら自分でルーターを買ったりプロバイダと契約せずに、他人のパスワードを盗んで他人の回線を使ってもいい。ってことですよね。
つまり、勝手に他人の家の鍵を複製して家の中に入っただけなら犯罪にならない。物をとったり壊したり危害を加えて初めて犯罪になる。と言ってるようなものです。
LANに侵入しただけでは個人情報は見られないかもしれません。でも共有をかけてるフォルダ、ファイルなら見られる場合もあります。住所や名前、口座番号、パスワードなどの情報を書いてるデータが入っていたら情報が漏れてしまいますよね。
そもそも、他人のネットワークに侵入するのは犯罪行為をしても自分だとバレにくいように、罪を他人になすりつけるためです。だから世の中では他人のパスワードを盗んで悪事をはたらく人が大勢います。なぜ犯罪者に有利な判決を出すのでしょうか。
他人のネットワークに入るのはできるの?
ここで疑問に思う人がいるかもしれません。
自分の家にいるのに近所の人のネットワークに入ることができるのか?
できるんです。
パスワードさえ知っていれば簡単にできます。
たとえばWindows10の場合。右下に電波をイメージしたアイコンがあります。
ここをクリックすると。アルファベットが並んだ一覧が出てきます。これがこのパソコンで仕える無線LANです。
上の2つは我が家の無線LAN。下の4つは他人の無線LANです。今この瞬間。近所では少なくとも4軒が無線LANを使ってることがわかります。電波は壁をすり抜けて他人の家にも飛んでるんです。
試しに他人のLANをクリックしてみると。パスワード(ネットワークセキュリティキー)の入力画面になります。
もちろん、他人のパスワードは知らないので接続できません。裁判になった被告は何らかの手段でこのパスワードを知ったのでしょう。だから他人の無線LANを使用するのは不可能ではないんです。
でもそれは許されないことですよね。
ところが、裁判所はそれをしても罪にならないと判断しました。少なくとも電波法では裁けないと判断しました。
犯罪者が増えないか心配
ネットの世界は人と人が接する体面商売の世界とはちがいます。一般的な傾向としてモラルは低くなります。ネットをやっていればそれは感じると思います。2016年に問題になったDeNAのまとめサイト「Welq」のように企業が運営してるサイトでもウソの情報を流したり盗作をしてる場合もあります。
裁判で「無罪」にすることはネットの世界に対して「罪にならないからやってもいいんだよ」と裁判所が宣言しているのと同じなんです。社会に対する影響力を考えてほしかったですね。
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