電子教科書・学校で使う端末は一度配ればそれで終わりだと思われがちです。ですが実際には端末本体だけでなく、OSやソフト、通信環境、保守まで含めて継続的な更新と維持が欠かせません。
電子教科書は一度の導入では終わらない。周辺の設備やソフトも揃って効果を発揮する大きな制度の一部です。
この記事では、GIGAスクール構想が抱える導入後も続く負担に注目。教育政策というよりインフラ整備に近づいている実態と、その先で本当に問うべき教育効果について考えます。
この記事で分かること
- 学校端末は導入後も更新費用と維持費が継続してかかること
- GIGAスクール構想が端末だけでなく学校全体の電子化を進める仕組みであること
- 行政は教育効果よりも設備整備の実績を成果として示しやすいこと
- 本来は整備台数ではなく、子どもの学びにどう役立ったかを検証すべきこと
電子教科書のもう一つの問題点は導入して終わりではない
電子教科書について、 教科書の電子化は何のため? では本当に学力向上に役立っているのかを紹介しました。
電子教科書は確かに便利さはありますが、問題もありそれだけで勉強の質が上がるとは言い切れません。
ところが、学校端末やGIGAスクール構想にはもう一つ別の問題があります。
端末は一度導入すれば終わりではありません。ここを知らないと、批判を受けつつもなぜ政府や文科省が頑なにこの政策を進めようとするのかがわかりません。もはやGIGAスクール構想は教育の問題ではなく、役所の仕事の進め方や設備投資・産業分野と関わる問題なのです。
この点を見逃がすと、この政策の本当の問題点は見えてきません。この記事ではそれらの問題点について考えてみたいと思います。
電子端末は必ず更新が必要になる
小中学校の端末は多くの場合、多くの地域では自治体が購入して学校を通して生徒に貸し出しています。この整備を進めた政策がGIGAスクール構想です。
国が補助を出し自治体が端末と通信環境を整備する形で広がりました。学校端末は個人の持ち物というより公費で整備された備品です。
そしてパソコンやタブレットは古くなったら更新しないといけません。古いまま10年・20年と使い続けることはできないのです。
一度導入すれば、定期的に更新の機会がやってきます。しかも端末類はそれだけで機能が発揮できるわけではありません。ネットワークの一部です。当然、学校にもネットワークが使える設備が求められます。
端末はOSやソフトがなければ動きません。それらも更新が必用です。
ネットワークの維持、端末・OS・ソフト後の更新はずっと続くのです。
つまり、一度導入したらずっと出費が続くということです。
最初の導入の段階で、そこまで考えていたのか?
この点は気になるところです。
学校端末の維持は誰が負担するのか?
更新費用は自治体の問題になる
GIGAスクール構想では最初の整備には国の補助が使われました。
でも問題はその先です。
先程も書いたように端末は古くなります。更新しなければ使えなくなります。しかも学校で使う以上、一部だけ交換すればよいという話ではありません。かなりの台数をまとめて更新しなければいけません。
現在の公立小中学校向けの制度では文部科学省のGIGAスクール構想加速化基金によって、端末の整備や更新に国の補助が出ます。文科省の要領では学習者用コンピュータの整備・更新を補助対象にし、補助基準額は1台あたり5.5万円、補助率は実質国が3分の2、都道府県または市町村が3分の1と負担することになっています。(文科省・GIGAスクール構想加速化基金管理運営要領)
なのでまるまる自治体が負担するわけではありませんが。国にしろ地方自治体にしろ、維持するだけでずっと税金がかかり続ける仕組みなのは確かです。
もちろん、生徒が使う端末本体だけではありません。保守契約、通信環境、端末で使うソフトウェア、支援要員の費用も国の補助はありますが。端末ほど簡単ではありません。
なので一般の人々が思ってるより費用のかかる政策で、教育政策というより設備インフラ投資に近い部分があります。
ここまで見ると、GIGAスクール構想は教育のためのものなのか?という疑問も出てきます。
もちろん教育にはお金がかかりますし、それを国が責任をもって支えていくというのであればよいのですが。どうも設備・物の普及が先走っているように見えるのです。
端末だけでなく周辺の仕組みも増えていく
しかも端末が導入されると、それだけで終わりというわけにはいきません。GIGAスクール構想では
- 教材配信
- 課題提出
- 学習管理システム
- オンラインテスト
- 校務のデジタル化
- 学力調査のCBT化
こうした仕組みが一緒についてきます。
GIGAスクール構想は単に教科書を電子化しますよ。というだけの話ではないのです。学校のかなりの部分を電子化しましょう。というプロジェクトなのです。
教材、試験、管理など学校の仕組みのかなりの部分が端末に結びついています。こうなると、問題は端末そのものではなくなってきます。
ここまで広い範囲で結びついていると、端末に問題が見つかったからといって端末の導入を途中で止めることが難しくなります。
端末の導入を見送れば、周辺の仕組みまで見直さなければならなくなるからです。
ここに批判を受けてもやめられない原因の一つがあります。
もちろん。広範囲に電子化されることにより、今まで紙中心で動いていた学校業務がスリム化され。教師の負担が減る。データが蓄積されれば有効な教育の仕方や教材の開発に役立つ。といったメリットもあるでしょう。
でも現在はそうしたメリットが出る前に問題が出てしまい。有効な手をうてないまま、ズルズルと導入だけが先走っている印象です。
動き出したプロジェクトは止めにくい
学校の端末に限りませんが。
一度広く導入した制度は止めるより続けるほうが簡単です。
とくに学校端末の場合は次のような流れになります。
- 端末を整備した。
- 教材も端末対応にした。
- 提出方法も変更した。
- 配布物も端末対応にした。
- 試験も電子化した。
- 管理の仕組みも整えた。
こうなると途中で止めるには、それまで進めたものを全て元に戻す必要があります。なので今更やめられない。という状況に陥りやすいです。
本来なら学校端末が導入されるとしばらく運用してから、学力向上に役立っているのか?とか本当に必要なのか?という議論が必用になります。
でも実際の議論はどう更新するか、どう維持するか、どう活用を広げるか。といった手段のほうが中心になってしまうのです。
行政は設備を整えることを成果にしやすい
それでも欧米なら一度立ち止まって検証して改善あるいは廃止といった合理的な判断をするでしょう。でも日本型組織はそうではありません。
日本の行政組織は目に見える成果・説明しやすい仕事を評価しやすい傾向があります。
- 端末を何台整備したか
- 何校に導入したか
- 通信環境をどこまで整えたか
- 更新をどこまで進めたか
こうしたものは数字で説明できますし、予算の成果としても示しやすいです。何%実行したらそれが成果として残りやすい。
でも教育の成果はそう簡単には成果はわかりません。
- 読解力がどれだけ伸びたか。
- 思考力がどれだけ深まったか。
- 授業への集中がどれだけ高まったか。
といった効果はすぐ数字に表れませんし、測るのも難しいです。それに授業方法は教師ごとに違いますし、生徒の性格も違います。
だから行政は、数字で分かりやすい設備整備を成果として示しやすいのです。
箱物行政から抜け出せないお役所仕事
こうした内容を見てみるとかつての箱物行政と似ている部分があるのがわかります。
昔は建物や施設でした。
今は端末、ネットワーク、システムです。
対象は変わりました。でも物や設備を整備して予算を消費、形あるもの数字を残せば成果として扱いやすいという発想はあまり変わっていないようにも見えます。
もちろん設備は必要です。電子化も必用でしょう。学校の端末そのものを否定する必要はありません。
しかし設備を導入すれば学力が自動的に上がるわけではありませんし。ITは教育の手段の一つにすぎません。ITは導入すれば即学力が上がる魔法ではないのです。
制度を作る側と現場では見ているものが違う
私はGIGAスクール構想や電子教科書をめぐる問題を見ていて、思い出したことがあります。
私はかつである企業に勤務して労働者の立場から様々な制度が導入・運用される場面に立ち会ってきました。「成果主義制度」「新人事評価制度」「ISO9001」「ISO14001」
もちろん企業にとって必用だから導入しているのはわかりますし、ISOは導入しなければ取引先が減るので仕方ない面はあるのですが。とくに人事系の制度の問題点がGIGAスクール構想の問題点ととても似ているのです。
営業や研究では成果が比較的わかりやすいです。売上が伸びたか、品質が改善したか、新しい製品が生まれたかといった尺度があるからです。
でも制度を扱う部門は少し違います。新制度を作った。仕組みを導入した。全社に展開した。こうしたことが「成果」として扱われやすいです。
でも現場から見ると、とても成果とは言えない部分があります。
入力作業、確認手順が増え。制度のための書類の作成に時間を費やし。作業時間が増えた。制度が生む負担が増えることもあります。
それでも制度を作る側から見ると、それは制度の失敗ではなく運用上の課題として扱われやすいです。そうなれば、説明の場を増やす。ルールを追加する。改善版を出す。こうして制度が生んだ問題まで、新しい仕事になります。
そうした問題の改善も彼らの「成果」です。
学校端末にも似た部分があるように思えます。
教師や生徒から見えるのは
端末管理の手間・トラブル対応・更新への不安・授業への影響といったトラブルでしょう。
でも制度を進める側は整備をどれだけ導入したか?どれだけ使用しているか?更新はしたか?といった部分が気になります。
同じ制度を見ていても評価の基準が違うのです。
そのため現場の声があっても、政策の見直しにはつながりにくい。運用改善の話に変わりやすいのです。
これは日本の組織が抱える共通した問題のようにも思えます。
この仕組みは誰に利益をもたらすのか?
しかもGIGAスクール構想には別の問題もあります。
この仕組みは誰に利益をもたらすのか考えたことがありますか?
- 数年ごとの更新
- 保守契約
- 予備機
- 管理システム
- 教材配信サービス
つまり端末を納入する企業・業者にとっては、継続的な需要が生まれる市場になるのです。
もちろん、それだけで不正や癒着を断定することはできません。そのような証拠があるわけではありません。
でも企業にとって利益の出やすい仕組みなのは確かです。
国の政策によって継続的な需要が生まれるからです。
ここに違和感を持つ人が出るのも自然なことです。
子どもの学びのための政策であるはずなのに、仕組みとして見ると端末やシステムを扱う企業にとって安定した市場が生まれる。
しかも更新のたびにその市場は続いていきます。まるで道路工事のようです。
問題にしなければいけないのは教育効果
結局、学校端末で本当に重要なのは何でしょうか?
端末を何台整備したかではありません。
更新をどこまで進めたかでもありません。
経済効果でもありません。
それによって子どもの学びがどう変わったのか。
授業の理解が深まったのか。
読む力が伸びたのか。
考える力が育ったのか。
本当はそこを問題にしなければいけないはずです。
設備は必要です。でも設備だけで学力が向上するわけではありません。もし整備や更新の議論ばかりが先に進み、教育効果の検証が後回しにされるなら、政策の優先順位が入れ替わっている可能性があります。
教育が行政の成果を上げる場・関連企業の利益を生み出す場になっている可能性が想定されます。
電子教科書や端末は本当に学力の向上や学びの意欲の向上に役立っているのでしょうか?
この制度を設計・運用している人たちは日本の教育を本当に考えているのでしょうか?
まずそこから検証する必要があるのではないでしょうか。
参考資料
この記事を書くために使用した資料は以下の通り。
文部科学省
GIGAスクール構想の実現
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
文部科学省
GIGAスクール構想加速化基金に係る事業概要
https://www.mext.go.jp/content/20240201-mxt_shuukyo01-000033777_2.pdf
文部科学省
教育DXに係るKPIの方向性ほか関連資料
https://www.mext.go.jp/content/250908-mxt_shuukyo01-000044482_007.pdf
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