二度目のリストラそして会社との決別

僕の勤めていた会社で、人員削減がありました。
従業員代表として交渉を行い。
結果として希望退職者の募集のみで終わりました。

そして僕の組合役員の任期がおわった次の年。
会社は再びリストラを行ったのです。

人員削減で一時はもちなおしたかに思われました。
なのにどうして再び人員削減することになったのでしょうか。

 

なぜ二度目のリストラをすることになったのか

 

前回のリストラ後。会社は黒字になったのでしょうか?
残念ながらそうはなりませんでした。赤字幅が減少したとはいえ、黒字転換とまではいきませんでした。
銀行は黒字化を強く求めていました。
黒字にならない理由として会社の説明では円高が進行したことを理由にあげていました。
たしかに2009年に1ドル90円台だったのが2012年には80円を割り込みました。1ドル70円台って冗談としか思えないレートです。2012年は倒産件数が増えた年でした。僕のいた会社もこのときに2度目のリストラをしました。

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円高の影響?銀行の取り立て?

1ドル90円以上の水準が続いていれば黒字になっていた。確かにそういう計算はあったかもしれません。でも、黒字になるかどうかは為替任せ。為替が15円の変動で再びリストラって、前回のリストラは何だったのかと思います。

さらに銀行の取り立てが厳しくなりました。関連会社を売り払って資金的な余裕が生まれたことはあります。だからこそ、お金のある時に取り立てようとの判断が働いたとも聞いてます。
黒字化がなかなか達成されない会社なら、資金のある時に回収してしまえ。銀行がそう考えても不思議ではありません。

仮にそういう理由があったとしても、過去の成功体験にとわわれた古い会社の体質は変わってないという事実は動かしようがありません。

新しい視点で見た社内の雰囲気

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僕自身は人の減った製造現場のサポート業務に回り、開発業務からは離れました。これからというときに残念でしたが。仕方ありません。製造業は物作りが止まれば利益は出せません。

リストラ直後の狂ったように働く現場の人たち。人手が減ったので一人一人の作業量が増えた。だから忙しい。それもあります。でも、妙なハイテンションぶりというか。危機感からじっとしてられないという焦りのようなものがありました。

それに比べるとホワイトカラーの危機感は薄かったように思います。仕事のやりかたはリストラの前と変わらない。

結局、会社はリストラ後も収益アップのための有効な方法を打ち出せませんでした。
人を減らして規模が縮小しただけで会社は何も変わってなかったのです。

 

前回の交渉は何だったのか

前回のリストラでもっと人を減らせばよかったのでしょうか。
中途半端なリストラが悪かったのでしょうか。
でも、前回のリストラで全従業員30%の削減を達成しても、2度目の人員削減目標は達成できません。それを避けるためには前回の時点で35%の削減が必要という計算になります。

人を減らしただけで、ただ過去の遺産で食べてるだけのような変化のない会社。

「もはや再生する能力を失った」
と思いました。
会社に裏切られた。そんな気持ちでした。
何のために犠牲を出したのか。何を頑張ってきたのか。
なんともやりきれない思いでした。

見切りをつける

整理解雇に先立って行われた希望退職の募集に僕は応募しました。
次にリストラするときには自分が会社を辞めると決めていたからです。

実を言うと、組合役員の任期が終わったら会社を辞める準備を始めようと思ってました。
人員削減後も、労使交渉は欠かさず行ってきました。会社から経費削減の提案は頻繁に来ますし、毎月の売り上げ状況も聞きました。
その過程で会社が好転してるようには感じられなかったのです。このままいけばいずれ潰れる。それまでに新しい仕事を見つけようと考え始めていました。ただし、従業員代表の役目を放り出すわけにはいかないので、その期間は社員としてできるだけ会社のために働きました。

想定外だったのは、二度目のリストラが予想よりも早かったことです。僕の考えではあと1年はもつと予想してました。その間に新しい仕事を見つけるつもりだったのです。

しかし、始まってしまったものは仕方ありません。
今はとどまって新しい仕事を見つけてから退職届を出すか。ここで割り増しの退職金をもらって希望退職に応じるか。家族の理解は得ました。前回リストラがあって大変な状況だったこと。今も会社は良くなってないことは理解してもらってたつもりです。むしろ僕自身の迷いがあったせいで出すのが遅れたといえます。40歳ですぐに転職できるのか、不安な気持ちはありました。でもなんとか募集期間内に希望退職届けを出しました。

新しい交渉団には干渉しすぎない

二度目のリストラのときは労使双方とも慣れてるせいか。かつてのような衝撃はなかったように思います。二回目の時は僕は交渉にはかかわらず、いち社員として関わることになりました。

このとき交渉にあたったのは僕のあとに選ばれた人たち。
彼らに意見を求められれば言いましたが。自分からアドバイスすることはありません。
というのも交渉してる当事者は役員経験者にあれこれ意見を言われるのがうっとうしいのです。僕自身がそうでした。

従業員の意見なら聞きます。でも、前の役員経験者に交渉方法や内容についてこうしろああしろと言われるのは嫌でした。こちらから意見を聞きたいと思ったこともありません。一緒に交渉してる仲間たちがいますし、上部団体には専門知識を持った人もいます。その人たちのアドバイスがあれば十分と考えていました。

ふしぎなことに、前組合役員の方が会社よりもウザい相手に思えたこともあります。結局、前の人たちが甘かったからこうなったんじゃないかって、言いがかりみたいな気持ちになってたんですね。僕の勝手な思い込みだと思いますが。当事者になるとそう思ってしまうものなんです。

だから僕は自分からは口出ししませんでした。
自分から言ったのは最後に「よく頑張ったよ」と声をかけたくらいです。

 

従業員に与えられた発言の機会

変な話ですが、二度目ということもあって会社の対応は慣れてました。前回僕たちと作ったパターンを踏襲し、さらに手を加えた形で進みました。

 

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会社は従業員一人一人の意見を聞く場を用意しました。順番に呼び出されて、取締役の前で意見、質問がないか聞かれます。前回はやりませんでした。弁護士だかコンサルの意見で、そういうことはやった方がいい。ということになったようです。

社員の意見を聞くこと、説明することは整理解雇の4要件を満たすために必要なことだから。あとでもめたときに言い訳ができます。

でも、一般社員が二人の取締役相手にどのくらい本音がいえるか疑問です。べつにそこまでしなくてもいいんじゃない?とは思いましたが、会社がやると言って、そのときの交渉団が賛成したならやればいいと思いました。個人で直接意見を言う場はなかなかないですから。会社が社員の意見を直接聞いてくれるなんてすばらしいって感動する人もいるかもしれません。

中には「言いたいこと言ってやったぜ」と意気揚々としてた人もいたので、それなりにガス抜きの効果はあったと思います。

社員の意見を聞いてたのは二人の取締役でした。
でも、前回リストラしたときに交渉してた取締役とは違います。会社役員も世代交代してました。ぼくから見れば部長クラスの人がいるのと変わらない感覚です。

その場で彼らは「自分たちは甘かった。ホワイトカラーを甘やかしすぎた」という意味のことを言ってました。僕が質問したんじゃありません。勝手にしゃべってたのです。
そんなの僕でもわかることです。
『今更何言ってるんだろう』と思いました。なんで僕の前でそれを言うのか不思議でした。そういう不満意見があったのかもしれません。

僕は何の質問もせず、意見も言わず。
ただ「意見はありません」と言って、部屋から出て行っていいと言われるのを待ちました。
取締役たちの唖然とした顔は印象に残ってます。

僕は前回のリストラで従業員代表として交渉した経験があります。彼らもある程度は意識してたのかもしれません。どんな質問が出るのか、どんな文句を言うのか。
身構えていたようでもありました。それがまったくなくて肩透かしをくらった。
そんな表情でした。

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失った会社への想い

僕が発言をしなかったのはなぜだと思いますか。

2回目のリストラをすると発表があった時点で会社には興味を失っていました。

人員削減は思い切って一度だけ。何度もする会社は潰れる
僕なりに勉強した結果。人員削減で立ち直った会社のパターンとはこういうもの。というイメージができつつありました。会社では人員削減はできるかぎりやらない方がいいとは思います。でも、どうしてもやらないといけないこともあるでしょう。でもやり方があると思ったのです。

どんな会社にするのか考えずに場当たり的にやってもうまくいきません。人員削減をコスト削減の一手段にしか思ってない経営者はいない方がましです。

リストラとはリストラクチャリング(Restructuring )のこと。”再建策”と訳されます。組織が生まれ変わるための方法なんです。その場しのぎのコスト削減策ではありません。

生まれ変わろうとしない会社に興味はあません。
自分は残りの人生をどうするか考える。あとはかってにやってもらえればいい。と思ってました。

会社について思うことは山ほどありましたが、もはや人ごとなのでいう必要はありません。相手を心配してるから忠告もできるし、問題点を言うこともできる。相手のことを想ってないのに言うのはただの批判。自己満足。どうにもめんどくさいことに思えたので何も言いませんでした。

そんな会社でも残りたい人は残ればいいと思いました。
ひとそれぞれ事情はあると思います。

 

希望退職届を出す

 

結局僕は希望退職届を出しました。

前回のリストラで交渉したときにもっと抵抗して二度とリストラはしなくないと思わせればよかったのか。
それとも、大幅なリストラをしておけばよかったのか。
何がよかったのか分かりません。

ただひとつ。確かなことは会社は利益を生み出せない体質になってること。
経営陣は円高を理由にしてましたが、それだけではありません。
激しく変わる市場のニーズに会社がこたえられなくなっていたのは僕でも分かります。

かつては自分が交渉する立場だったので、投げ出すわけにはいきませんでした。二度目はそんな制約がなかったので思い切って辞めることが出来ました。

 

ついに行われた整理解雇

二回目の希望退職届の募集は難航しているようでした。
それはそうです、数年前にやったばかりなのです。今回も同じように集まるならよほど問題のある会社です。

結局会社の目標にならず、整理解雇も行いました。
このときは交渉に参加していないので詳しいことはわかりません。
整理解雇の4要件で、最後まで問題となるのは人選の妥当性です。
伝え聞いた話では、ある一定の条件に当てはまる人たちを解雇しました。
確かにその基準もかつて僕も考えたことはあります。それはどうにもならなくなったときの最後の手段です。主観的な判断基準が入り込む余地のない方法ですが、気を悪くする人もいると思うので公表は控えます。

退職日にはその方たちともあいさつしました。意外とサバサバしてました。心中は穏やかではないと思いますが。僕に対しても笑顔で話をしてくれました。こちらから話しかけていいのか迷っていると、先方から僕を見つけて近寄って話しかけてくれました。
僕も辞める立場だったというのも関係あるかもしれません。

ただ、整理解雇を受け入れなければいけないその時の交渉団の心境はどれほどだったしょうか。心臓が締め付けられる思いがします。

会社を後にする

 

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そうして幾つもの挫折感を味わいつつ会社を後にしたのでした。
でも、辞めた瞬間はむしろすっきりした気分でした。

会社にわだかまりがあるわけではないし、10年以上お世話になったし様々な経験もできました。人生にプラスになったと思います。

ただ、これからも一緒にいることはできない。というだけです。

その後、別の会社で研究者として働きました。40歳での転職でしたが、心配してたよりは簡単に転職できました。

そこでも様々な経験をして、他の会社はもっと厳しい。酷使されながら働いてる。というのを見たり体験しました。

そういった経験を含めて今の自分があの会社で働いていたならもっと利益を出せたかもしれない。と思うこともありました。もちろん。根本的な赤字体質はいち社員の力ではどうしようもありませんが。

「自分の仕事で会社を変えよう」かつて僕が新卒で入社したころ会社の研究室にあった標語です。当時の部長が考えたそうです。当時はそれほど真剣には思ってませんでした。

でも、研究開発部門にはそれだけのポテンシャルがある。今になってそう思います。在職中に会社を発展させるだけの発明ができなかった僕(達)も悪いのかもしれません。だから会社だけを批判は出来ません。

その後、リストラした会社は今も残ってます。アベノミクスで円安にならなければ潰れてたでしょう。末期はそのくらい酷い会社でした。

退職後に聞いた話では賃金は僕がいたころよりも下がりました。もちろんボーナスもない(僕のいたときからありませんでしたが)。一部の社員は他の会社に出向。夜、会社の帰りに前の会社の前を通っても工場には電気はついてませんでした(同じ市内に再就職したのです)。かつては夜勤の電気がついてたのに。

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働き方の考えが変わった

その後も転職したりしましたが。
「会社のために」という想いで働くことはできなくなりました。
転職した会社が最初の会社とは反対の社員を酷使する会社だったことも影響してると思います。

自分と家族が生活するための手段として、会社を利用する。
自分の都合に合わなくなったら、会社を切り捨てる。
そうして別の仕事を始める。
自分を犠牲にしてまで出世したいとは思わない。
そういう考え方に変わっていきました。

漠然とですがこんな生き方をしたいな。という考えもあったので、そのためにはお金も勉強も必要。そのための準備期間と考え始めていました。

20年近くの社会人生活で学んだこと

僕は会社員として働くことは否定しません。企業があるから今の日本があるのです。日本を支えているのはたくさんの企業だと思います。共感できる組織なら精一杯尽くせばいいと思います。
だから若い人たちが企業で働きたいと目指すのはいいことだと思います。むしろ最初は会社で働いて、社会という巨大なしくみや生身の人間同士のリアルなつながりを体験してほしいと思います。嬉しい体験も嫌な体験もすべて自分の経験になります。もちろん「これがしたい」という目標があるなら、会社に就職する必要はありません。やりたいことにどんどん挑戦するのはいいことだと思います。

でも、ひとつの会社で命をすり減らす必要はないと思います。会社だけが生き方のすべてではありません。社会に出て、会社を経験して、それでもだめだと思ったら進路を変えればいい。
何事も経験です。

最初から「会社は嫌だ」って決めつけるんじゃなく自分で体験する。最初から「転職なんて無理だよ」と決めつけないで調べてみる。別の会社に再就職してもいいし、自分で独立してもいい。社会に出て働いたことは何らかの経験・知識になります。

そうして人間は成長する。
今までもそうでしたし、これからもそうです。

 

長い文章、呼んだくださってありがとうございました。

リストラ最前線
これまでのいきさつ
1:だまされた!では済ませられない・あなたの思い込みは大丈夫?
2:交渉団最前線に立つ・リストラ最前線
3:希望退職は仕方ない・リストラ最前線
 4:整理解雇の4要件とは・リストラ最前線
 5:交渉の終わりは僕たちの終戦・リストラ最前線